鏡の法則
鏡の法則という本が、今手元にある。
読んだ人の9割が涙したというキャッチコピーの、売れに売れた本だ。
尊敬する上司が、貸してくれた。今の私に必要だというメッセージだと思った。
感謝のココロを忘れずに・・・というこのブログを始めたのも、この本の影響があったからだと思う。
許すこと、感謝すること、思いやりの心の大切さを、いじめの実際例をもとにわかりやすく伝えている本だ。
売れるのも納得。
でも、涙はしなかった。どうしても、共感できかねる部分があって。
それは、必然の法則のところ。
「人生で起こるどんな問題も、何か大切なことを気づかせてくれるために起こる」
つまり、「自分に解決できない問題は決して起こらない」と言い切っている。
あともう一つ、「現実に起こる出来事は、一つの結果」
「結果には必ず原因があり、その原因は、あなたの心の中にある」
つまり、「あなたの人生の現実は、あなたの心を映し出した鏡」だというところ。
・・・そうかなあ。だいたいはそうかもしれないけど。
言い切っちゃっていいのかな。責任、とれるのかな。
昔、不治の病とされたハンセン病は、業病と呼ばれたりした。
今、治療法が確立していなかったり、完治がなかなか困難な統合失調症などの心の病や難病などが、そう呼ばれたりする。
ときに、障害をもって産まれた子どもたちやその親たちも。
その人の行いが、前世からの行いが、悪いせいだと。
病を受けたから、障害を負ったからといって、自分自身や定かならぬ前世なんかを責める必要があるだろうか。
どうしても自分で自分を責めてしまうときは、あると思う。
でも、人から言われたくない。勝手に法則なんか決めないでほしい。
「何か大切なことを教えてくれた」というのは、自分自身がとてつもない過酷な現実を体験して、学びとれた人だけが言える言葉だ。
なんにも悪くないんだから、なにかそこから学ぼうなんて無理しなくたっていいんだから、みんながみんな。
病気になった上に、勤勉さや、自責の念まで強いられるなんて、酷だ。やりきれない。
つい、斜に構えた受け取り方をしてしまうけど、こんなふうに感じてしまう人だっているってことを、踏まえてペンを走らせるべきだと思う。
言論の自由は尊重されなきゃいけないけど、わかってるけど、あえての感想。
売れる本には、それなりの社会的な力が生じてしまうから。
全てのことが、なんとかできるなんて、おこがましいと思う。私は。
悲しいくらい、どうしようもないことって、ある。
でも絶望せず、生きていくってところに、人間の強さがあるんじゃないか。
今のところは、そんなふうに感じている。
そして、そこまでしかいえない。
ふう。素直じゃないなあ・・・。器、まだまだ小さいな・・・。
感動しました!日々感謝していきたいです!って前向きな感想を読むと、恥ずかしくなる・・・。
ま、考え方、感じ方はいろいろ。
とにかく、不用意なコトバで、誰か一人でも傷つかないことを祈るのみ。

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