2006年10月17日 (火)

鏡の法則

鏡の法則という本が、今手元にある。

読んだ人の9割が涙したというキャッチコピーの、売れに売れた本だ。

尊敬する上司が、貸してくれた。今の私に必要だというメッセージだと思った。

  

感謝のココロを忘れずに・・・というこのブログを始めたのも、この本の影響があったからだと思う。

許すこと、感謝すること、思いやりの心の大切さを、いじめの実際例をもとにわかりやすく伝えている本だ。

売れるのも納得。

  

でも、涙はしなかった。どうしても、共感できかねる部分があって。

それは、必然の法則のところ。

人生で起こるどんな問題も、何か大切なことを気づかせてくれるために起こる

つまり、「自分に解決できない問題は決して起こらない」と言い切っている。

   

あともう一つ、「現実に起こる出来事は、一つの結果

結果には必ず原因があり、その原因は、あなたの心の中にある

つまり、「あなたの人生の現実は、あなたの心を映し出した鏡」だというところ。

         

・・・そうかなあ。だいたいはそうかもしれないけど。

言い切っちゃっていいのかな。責任、とれるのかな。

  

昔、不治の病とされたハンセン病は、業病と呼ばれたりした。

今、治療法が確立していなかったり、完治がなかなか困難な統合失調症などの心の病や難病などが、そう呼ばれたりする。

ときに、障害をもって産まれた子どもたちやその親たちも。

その人の行いが、前世からの行いが、悪いせいだと。

  

病を受けたから、障害を負ったからといって、自分自身や定かならぬ前世なんかを責める必要があるだろうか。

どうしても自分で自分を責めてしまうときは、あると思う。

でも、人から言われたくない。勝手に法則なんか決めないでほしい。

「何か大切なことを教えてくれた」というのは、自分自身がとてつもない過酷な現実を体験して、学びとれた人だけが言える言葉だ。

なんにも悪くないんだから、なにかそこから学ぼうなんて無理しなくたっていいんだから、みんながみんな。

病気になった上に、勤勉さや、自責の念まで強いられるなんて、酷だ。やりきれない。

   

つい、斜に構えた受け取り方をしてしまうけど、こんなふうに感じてしまう人だっているってことを、踏まえてペンを走らせるべきだと思う。

言論の自由は尊重されなきゃいけないけど、わかってるけど、あえての感想。

売れる本には、それなりの社会的な力が生じてしまうから。

   

全てのことが、なんとかできるなんて、おこがましいと思う。私は。

悲しいくらい、どうしようもないことって、ある。

でも絶望せず、生きていくってところに、人間の強さがあるんじゃないか。

今のところは、そんなふうに感じている。

そして、そこまでしかいえない。

  

ふう。素直じゃないなあ・・・。器、まだまだ小さいな・・・。

感動しました!日々感謝していきたいです!って前向きな感想を読むと、恥ずかしくなる・・・。

ま、考え方、感じ方はいろいろ。

とにかく、不用意なコトバで、誰か一人でも傷つかないことを祈るのみ。

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